家売る男 ~相続物件、骨肉の争い~
お客様とのお取引について語るならば、それ相応に様々な物語がある。
「家売る女」では、かなり大袈裟に脚本されているようにも見えるが、私からすると、それほどかけ離れてはいない現実が描かれているように思えた。
もう10年以上も前の話なので、そろそろ時効だと思い、私の過去のお客様のことについて書くことにする。
東京からの売却相談
東京在住の60代男性から会社に電話が入った。北九州市八幡西区にある家を相続したので売却したいそうだ。元々、地元がこちらだったが、仕事で若い時に上京してから今に至るらしい。
八幡西区でも人気エリアで約60坪くらいの土地に古家が建っており、草木が覆い茂っていたが、解体更地にしてしまえばとても良い土地になるのは間違いなかった。
もちろん不動産売買は、私の専門であるため喜んで引き受けた。問題はここからだ。
はるばる東京から来店してくださったので、ゆっくりお話を伺うことができたのだが、大阪に70代前半の兄がおり、相続と売却の件で弁護士を立てる寸前なくらいに大もめしているという。
弟さん曰く、兄は人として変わっていて全く会話にならなくて信用できない男だと。細かいことを挙げるときりがないが、親が加入していた保険金、通帳に残っているべき現金が消えていると。要するに兄が、違法行為で現金を奪ったというのだ。
私は、こういう時どうするかというと、必ずその対象者と直接お話をすることを重要視する。一方のお話を伺って、それがあまりにも説得力があろうが、理にかなっていようが、その対象者と会うまでは自分の先入観や固定観念に囚われないようにする。
大阪のお兄さんに事実確認
そんなわけで、当然ながら大阪のお兄さんの連絡先を聞いて電話をかけた。
私の予想した通りだった。彼が口にしたのは、弟があることないこと言っていただろう?と話される。長く話していると、心を開いてくださり、率直にお兄さんに問いかけることができた。
「弟さんが言う、保険金、通帳のお金について事実を教えてください。さもなければ、私はこの案件から手を引きます。」
全ては誤解に過ぎなかった。ご両親を看取ったのはお兄さんらしく、大阪から何度も施設に足を運び、両親が残したお金は多くはなかったため、施設費用や葬式等に消えてしまい、むしろ手出しの方が多かったそうだ。その間、一度も弟は加勢してくれたことはないと静かに語る。その言葉は、決して不平不満でもなく、弟さんに対する優しさと哀れみさえ感じた。
弟さんにもその事を報告し、その後、電話で何回もやり取りし、何時間もお話をしたが、途中で私まで疑われることもあった。
「西川さんは、どっちの見方なのですか⁉」
目標は、兄弟紛争に終止符を打つこと
私はどちらの見方でもなかった。ただ願ったのは、これを機にこの兄弟が骨肉の争いに終止符を打つこと。ハッキリ言って、ここまでやることは仲介業者の仕事ではない。私の人としての部分がそうさせるだけで、何度も心が折れかけたのも事実だった。
最後は、私の真意と誠意が伝わり、お二人の信用を勝ち取ることができ、無事購入者も見つかり、取引完了に至るのだが、まだ私の目標は達成できてはいなかった。
兄弟が再会する最後のチャンスであり、骨肉の争いに終止符を打つ最後の機会だ。
2人が不動産売買の決済のため東京、大阪からやって来た。弟さんは、2回目、お兄さんは初対面だった。
そもそもお兄さんは、私のことを初めから信じてくれていたが、弟さんは懐疑的なところから何時間もかけて信頼関係を築いたため、最後は古い友人であるかのようだった。
弟さんから、お礼をしたいので黒崎で食事をご馳走させてほしいと誘われた。それは良いのだが、私の目標達成のために、お兄さんも誘ってくれたら行くことを伝えた。
弟さんも、これが最後かもしれないことを薄々感じていたのだろう、すぐに了解してくれた。
さて、黒崎の中華料理のお店に入ったのだが、その場での会話がどうだったかというと、2人とも私を介してしてしか話をしなかった。最後の最後まで。途中で、お互いが話せるように仕組んだのだが簡単に交わされた。本当は、2人とも私の振りがわかっていたのだろうが、プライドが邪魔し続けた。
唯一、報われた一言
お別れの時間がやってきた。店を出てから、まだ私の胸中はスッキリしていなかったが、それぞれに感謝の気持ちを伝えた。
そこで2人は揃って、私にお礼を言ってくれた。
「西川さんでなければ、兄弟でこんな時間を過ごすことはなかったでしょう。ありがとうございました。」
2人は言葉を交わすことがなかったが、そこだけは共感していることが私にも伝わり、少しだけだが、このご兄弟と亡くなったご両親に貢献できたと報われた思いがした。
私にとって、2人はどちらも悪くはなかったし、間違ってもいなかった。お互いに正論を述べていただけだ。真ん中にある事実はとてもシンプルであるのに、自分は正しくて相手は間違っているという捉え方が事実に対しての解釈を捻じ曲げ、関係性を悪くしていたに過ぎない。
あれからお2人が再会して関係性を修復できていることを心から願ってやまない。